Ts日記

帰国子女だった人

『「知」の欺瞞』(著:アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン訳:田崎晴明、大野克嗣、堀茂樹)の感想

 非常に慎重に、過剰防衛(褒め言葉)に書かれた本。個別にはラカン、クリステヴァ、イリガライ、ラトゥール、ボードリヤールドゥルーズ=ガタリヴィリリオが批判対象となり、頻出する概念として「認識的相対主義」「カオス」「ゲーテルの不完全性定理」などが紹介、解説される。著者は上記に代表されるポストモダニストたちに自然科学を引用する必要性を問い、またその内容の不適切さを指摘しつづける。

 この本は読む立場によって評価が大きく変わる代物である。自然科学につくか、現代思想を擁護するか。*1特に思想に入れ込まなければ自然科学側につくだろう。*2しかし、序章で書かれているように、著者たちが指摘していることは重大ではあるが、そのこと自体がポストモダニズムの営みの全てを否定することにはつながらない。そこに飛びつきたい誘惑は読みながら多々感じる部分はあるが、耐えなければならない。

 この本は誰かの思想を学ぶための本ではない。少々の自然科学の知識と忍耐力獲得のために読むべきである。

 

参考資料

http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/FN/

*1:この論争はかなり勝てないゲームなので参戦しない人が多数かもしれない。

*2:こうした思考自体が「サイエンス・ウォーズ」的であること、それが批難されていることは知っている。

『直感力』(著:羽生善治)の感想

 羽生善治三冠は傍から知るに実に素朴な方である。インタビューでは全く気取らず、著作でも自分の凄さを強調しない。本人が意識しているかは分からないが、巷で言われる「成功者」とは大きなズレがある。その羽生三冠がどのような思想を持っているのか。これは一将棋ファンとしてだけでなく、人としても興味深い。

 

 本の構成は以下のようになっている。まず金出武雄教授を引用して直感が「論理的思考が瞬時に行われるようなもの」であると定義される。では直感力を得るためにはどのような方法があるか。それを羽生三冠がエッセイ形式で紹介する。

 

 羽生三冠はとにかく無理をしない。日課を持たず、ゲンは担がない。頑張ることは大切が、その継続のためにはやりすぎもまずい。適度に現状を肯定し、でも向上心は失わず精進する。将棋界で積み上げた実績から想像される超人とは程遠い、この本は読んでて「そのとおり」と思える。

 

 しかし問題なのは羽生三冠がどう考えても超人であることだ。具体的には2012年王座戦第四局の△6六銀やA級順位戦20連勝。ここには人々と明らかな差異がある。この差異を才能と呼ぶのが一般的だが、しかしそれは差異の理由を命名したにすぎず具体的な説明ではない。他の人々はなぜ羽生善治のようになれないのだろう。